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【アラベスク】  第7章 雲隠れ (後編)



第3節 流砂の底 [5]




 里奈の心に居座り続けたこの女。もっと苦しめてあげたいけど、そうもいかない。
「時間?」
 ぼんやりしながら呟く美鶴。その言葉に優輝は頷き、里奈を振り返る。
「里奈、どうしてここがわかったんだ?」
「え? だって、手紙よこしてきたじゃない。美鶴は捕まえたって。最後に会った場所に来いって書いてあったから」
「それだけ?」
「それだけって?」
 ウサギ目に困惑が浮かぶ。
「何? どういう意味?」
「手紙以外には?」
「手紙以外に?」
 どう答えてよいのか、何を聞かれているのかも理解できない。
 優輝は表情を緩めて視線を落とした。
「やっぱり、そろそろ時間切れかな」
「時間って、何よぉ」
 顔をぐちゃぐちゃにして、思考回路の停止している里奈。
「俺は今日、里奈に二通手紙を出したんだ。一通目は手紙だけど、二通目には写真を入れた。こうやって手足を縛った写真をね。でも二通目はきっと、入れ違いだ」
 髪の毛を掴んでいた腕を振った。美鶴の身体が人形のように転がる。
 もう痛みもよくわからない。
「今までどれだけ手紙や写真を出して脅してやっても、お前はここへは来なかった。だから一通目を出した後、手紙一枚では、お前をここへ来させるのは無理かなと思い直してね」
 髪の毛を掴んでいた手をさすり、まるで穢れたモノにでも触れたかのように拭う。
「今思えば、最初っからこうやってコイツを捕まえればよかったんだな。ただ隠し撮りしたり、家燃やすなんて生温(なまぬる)い手を使ってた自分がバカバカしいよ」
 美鶴への虐待が中断して、里奈はぐったりと身を壁へ寄せる。瞳は虚ろだ。
「今頃、あの唐草ハウスってくだらない家のどっかにあるんじゃない? 手紙を盗み見するヤツがいるのかどうかは知らないけど、お前の帰りが遅かったらヘンに思うヤツも出てくるだろうからね」
 駅舎から美鶴を連れ出したところだって、誰かに見られていたかもしれない。
 美鶴が床に倒れたところで仲間に連絡をし、車両進入禁止の園内を車で横切らせ、駅舎に横付けさせた。
「バレるのは時間の問題だな」
 だから と言って、再び美鶴へ腕を伸ばす。
「そろそろ死んでもらわないと」


「誰がだ?」


 これ以上ないほどに感情を押し殺した声。
 低い声。
 訝しげに振り向いた優輝の顔に、拳が一発。
 あっけなく吹っ飛び、壁に全身をぶつけて床に倒れこむ。
 そんな優輝に無言で突進。胸倉を掴んで蹴り上げる。
 まるで木の葉のように宙を舞い、辺りの物品を巻き添えにして、メチャクチャ激しい音を出す。
「おいおい、こんなんで死ぬんじゃねぇぞ」
 聡はポキッと指を鳴らし、今度はゆっくりと歩み寄る。
「こっちはたっぷり時間もあるしな」
 歌うように告げ、痛んだ茶色の髪を鷲掴み。
 うめく優輝も無視のまま、無理矢理立たせ、腹に一発。
「吐くんじゃねぇぞっ!」
 叫びながら腕を振り上げたところに、背後からの叫び声。
「やめろっ!」
「っんだよ? また止めるのかよ?」
 不機嫌そうに振り返る。
「言っとくけどなぁ」
 飛びついてきた瑠駆真の腕を振り払い
「俺はな、コイツなんて死んでもいいと思ってるんだ」
 凄みのある瞳で睨む。
「警察に突き出したきゃ、そうしろよっ」
「違うっ!」
 今度は瑠駆真が振りかぶる。
「そうじゃないっ!」
 ガツッ――…
「僕の分まで残しておけっ!」
 そう叫び、ヨロける優輝へ躊躇なく左足をあげる。
 こう見えて、瑠駆真も男だ。威力はある。
 再び宙を舞う身体を聡が捕まえ、容赦なく壁へ押し付ける。
「なぜ …… こ… こが?」







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